鮫の島

暑い夏の夜、橋の上で貰ったくちづけ。暑くて寒いような難しさ、私は明日どんな服を着てこの街を歩いたらいい。一緒に行きたかった川は、干からびて昨日無くなったらしい。あの時行っとけば良かったね、なんて意地悪を、私は平気で日記に書いてみせた。

誰かがした大きい欠伸目掛けて、虫が飛び込んだら不幸だと思う。夏はみんな生き生きしていてすごく怖い。太陽が容赦なく人々を照らしている。神様は全部見てるぞ。疚しいことがどうせあるんでしょ、日陰を選んで歩くような、そういう暮らしをしなさい。私は服を全部脱いで、お日様にお辞儀をしました。どこも焦げなくて、人生は助かった。小学生が虫眼鏡で紙を焼くように、貴方の人生は焦げだらけだね。でも、仕方ないね。

コンクリートの上を、暑い暑いと言いながら一人で歩いた。肌が白くて眩しい。あとどれくらい歩いたら、私は私の海に着くの。人の人生を生きてるんじゃない、私の人生を生きているの、と悔しくなった。その後すぐ、私は私の人生しか歩めないのか、と思ってちょっと笑った。風なんて吹かない、私が吹かせない。汗がポタポタと落ちているけど、それは地面に染みることはなく、太陽に呼ばれて空に還っていった。私の本体は、まだ蒸発なんて出来ないよ。

誰かに触れてる時間が永遠に続いたらいい、と思った。端正な顔立ちの、睫毛の1本1本を数えて覚えていたかった。目を擦ったら何本か抜けちゃうかもしれないけど、そしたらまた最初から数え直したらいい。隣にある寝顔を見て、この鼻の隆起が小さな丘だったらいいな、と思った。私はそこを歩いて登って、いちばん高いところにレジャーシートを敷く。お茶でも飲んで、満足したらまた下る。別に誰に言う訳でもないけど、そういう私だけの愛し方。頬の上で大の字になって眠りたい。でもきっと、そういう話もいつか出来なくなる。終わりがあるから美しい。始めてしまったものは全て終わる。生まれてきた命は必ず死んでしまう。

いつもと違う匂いが首から香った。少し泣きそうになって、夏のことを考えないようにした。次の駅で降りて、やっと海を見に行こう。鮫が沢山いる、怖い島を見に行こう。